血豆の指で投げ続けた 花咲徳栄・橋本投手

 背番号9の「エース」、花咲徳栄の橋本祐樹(3年)は、中指にできた血豆に苦しんでいた。それでも投げ続けたのは、いったん逆転して「気の緩み」が見えたチームの鼓舞と、「橋本でいく」と決めた岩井隆監督の期待に応えるためだった。

 血豆ができたのは、準決勝。痛みをおして延長10回を投げ切っていた。

 決勝でも回を追うごとに痛みが増した。ボールが指に引っかかりにくくなった。終盤に続けて、先頭打者に死球を出したのは、そのせいだ。

 そして9回。1死一、三塁で、低めを狙ったスライダーが高めに浮いた。打球は右前へ。その瞬間、「終わった」とマウンドの上に崩れ落ちた。

 試合後、橋本は「最後のスライダーは本当に悔いが残る」と涙を流し、「みんなと一緒にできてよかった」と3年間を振り返った。卒業後は大学へ進んで野球を続けるという。

朝日新聞埼玉版)

◇悔しさ胸に新たな夢へ 花咲徳栄3年 橋本祐樹投手

 「捕ってくれ」。願いは通じず、打球は右前に落ちた。マウンドにひざをつき、泣き崩れた。「甲子園の大舞台で投げたかった」。見続けた夢はかなわなかった。

 入学時は将来のエースを嘱望された投手だった。しかし、腰や肩にけがが重なり、1年の秋に外野手への転向を命じられた。だが、心の中ではずっと「俺はピッチャー」と思い続けた。だから、打撃や守備の練習のほかに、毎日10キロの走り込みは欠かさなかった。

 隠れた努力が実り、今春の県大会決勝の浦和学院戦で先発を任された。そこで完封し、信頼を得た。が、それもつかの間、またしても腰を痛め、約1か月間、練習に参加できなかった。「不安でいっぱいだった」が、岩井隆監督は「橋本は絶対的な存在」と期待し続けてくれた。

 この日は、何としてもその「信頼に応えたかった」。前日の準決勝の試合中に左中指にできた血マメが痛んだが、こらえて投げ続けた。「甲子園を意識し始めた」終盤、指は限界に達した。球の抑えが利かず、死球を連発した。

 これからは「プロを目指して大学で頑張る」。区切りをつけ、新たな夢に向かうつもりだ。最後の一球の悔しさを忘れずに。

(読売新聞埼玉版)