花咲徳栄、10年ぶりV 春日部共栄に2−1

 第93回全国高校野球選手権埼玉大会最終日は27日、県営大宮球場で決勝が行われ、Aシード花咲徳栄がCシード春日部共栄を2−1で下し、10年ぶり2度目の栄冠を獲得した。花咲徳栄は8月6日に甲子園で開幕する全国大会に埼玉代表として出場する。

 夏初めての決勝カードとなる東部地区の強豪校の対決を見るために、球場には約1万8千人の観衆が詰め掛けた。

 決勝は電力消費のピークを避けるため、史上初めて午前10時プレーボールとなった。

 花咲徳栄は四回に1点を先制されたが、五回1死満塁のチャンスをつくり、9番金子の一塁強襲内野安打で同点。続く1番長尾が左前適時打を放ち逆転した。先発北川は8安打を浴びながら粘り強く投げ、無四球で1失点完投した。

 春日部共栄は四回2死二塁、竹沢の中前適時打で先制したが、三回2死一、三塁、八回2死二、三塁の好機で無得点。先発竹崎は7安打2失点で、4試合連続で完投した。

◇逆転呼んだ信頼感 花咲徳栄

 九回2死走者なし、花咲徳栄ベンチがマウンドに伝令を送った。内野陣を集め、古谷が岩井監督の指示を伝える。「ゆっくりやれ。最後の瞬間を楽しもう」。ナインは笑顔で守備位置に戻った。

 そしてエース北川が投じた122球目。春日部共栄・佐々木のライナーを中堅手の田中が好捕。花咲徳栄が10年ぶりの栄冠をつかみ、マウンド上に歓喜の花が咲いた。岩井監督は「できることを最後までやる。すべて出し切ることができた」と優勝の余韻に浸った。

 四回まで三者凡退が3度でノーチャンス。逆に四回に先制点を与えた。しかし、慌てることは一切ない。逆に虎視眈々と好機を待った。「先制は想定の範囲内」と岩井監督。五回の攻撃で初めて選手に竹崎攻略の指示を伝えた。「右打者はカーブ。左は直球を狙え」。

 その通り、先頭の新井がカーブを打って出ると、広岡がバント安打で続く。1死後、北川が四球でつなぎ、打席には9番金子。直球を打ち、一塁強襲の同点打。さらに1番長尾がスライダーを左前に運び逆転した。「何としても打ちたかった」と長尾。岩井監督は「生徒が信じてくれた」。“トクハル”野球の信頼感が表れた逆転劇だった。

 あとはここまで1試合を除き、ほぼ一人で投げ抜いてきたエース北川が春日部共栄打線に8安打を浴びながら、粘り強く1失点完投。「打たせて取れば守ってくれる」と信じたとおり、バックが再三の好守で応えた。

 昨秋の県大会では走塁ミスやボール球に手を出すなどチームの約束事を徹底できず、初戦で市川越に完敗。その悔しさをばねに一丸となり、今春の県大会を制した。

 夏も第1シードの重圧をはねのけ、昨夏は目前で本庄一にさらわれた優勝旗を手にした。主将の広岡は「やってきたことは間違いなかった。甲子園では優勝を目指してやりたい」。ナインの胸に光る金メダル以上にナインの笑顔が輝いていた。

◇仲間へささげる決勝打 花咲徳栄

 打席を踏み出して5歩。打球が三塁手の顔を越すのを確認すると、自然とガッツポーズが出た。五回に長尾が放った勝ち越し打が、結果的には決勝打に。「ここしかないと決めていた」。殊勲のヒーローは、一振りに懸けていた。

 四回まで花咲徳栄打線は1安打。完全に封じ込められていたが、五回に金子適時内野安打で同点とし、なお1死満塁。スライダーにタイミングを崩されたが、必死に食らいつき、左前にはじき返した。

 実家は福島県郡山市東日本大震災の影響はさほどなかった。それでも、地震発生直後は家族と連絡が取れず。野球を続けていいのか悩んだ時もあった。そんな中、「自分たちは大丈夫。野球に集中しなさい」。母親から励まされ、野球を続けた。

 中学時代にともに主軸を務め、福島の高校でプレーした中村公平選手は震災後、転校などで部員数が減り、連合チームを作って今夏を戦った。中村選手は本塁打を放つも初戦で敗退。試合後、「ナイスバッティング」と連絡すると、「自分たちの分も甲子園行けよ」と返された。

 10年ぶりの栄冠を自らのバットで手繰り寄せ「うれしい」と喜ぶ。だが震災もあり、「いつもと違った気持ちで戦った大会だった。みんなの分も頑張りたい」。埼玉で戦った仲間、福島で苦労した仲間の思いを胸に刻み、大舞台での活躍を誓った。

◇真のエースに成長 花咲徳栄

 最後の打者の打球が中堅手のグラブに収まると、ガッツポーズをつくった。「ほっとした」。投手戦を制した北川を中心に歓喜の輪ができた。

 前日は143球の熱投。「連投の疲れはあったが、マウンドに登れば関係ない」。スライダーを決め球に持ち味の打たせて取る投球を披露した。最大のピンチは八回。1点リードで2死二、三塁を迎えた。「打者から逃げない」と自らに誓った。打球は中堅手田中のグラブに収まった。

 苦い経験が生きた。春季関東大会の日大三(東京)戦で11失点。岩井監督が「逃げない心」を植えつけるために、最後までマウンドに立たせた。「表に出るタイプじゃない」と自己分析する北川の精神面を養おうと、岩井監督は授業で発言させるなど工夫を凝らしたこともある。

 今大会6試合に先発し4試合を完投。名実ともにエースに成長した。子どもの頃は甲子園に興味がなかった。意識するようになったのは昨春、先輩たちが選抜に出場した頃から。「あのマウンドで投げてみたい」。背伸びをせず、素朴な背番号1が聖地で躍動する。

会心一打も天仰ぐ 春日部共栄

 最大のハイライトは八回だった。1点を追う春日部共栄は2死二、三塁と一打逆転のチャンス。打席にはこの日2安打でキーマンとなった板倉。鋭い打球がセンターを襲う。抜けたと思った瞬間、俊足の花咲徳栄・田中のグラブに収まった。天を仰ぐ春日部共栄ナイン。本多監督は苦笑いした後、「仕方ない」と自らに言い聞かせるように2度うなずきベンチ裏に下がった。

 6年前に甲子園出場を果たして以来の決勝だった。四回に竹沢のタイムリーで1点を先制。連投のエース竹崎は四回まで1安打の好投を見せていた。

 しかし、悪夢の五回が訪れる。先頭の新井を安打で出塁させると、続く広岡のバントが本塁ベースに当たって高く跳ね上がり内野安打。さらに1死から北川にこの日唯一の四球を与え、金子と長尾の連打で逆転を許した。主将の薮内は「あそこで流れが向こうに行ってしまった。あの回だけだった」と悔しそうに振り返る。

 打線は相手を上回る8安打を放ちながら7残塁で1得点。本多監督の読みで「大事な場面は必ずスライダーが来る」と決め球に狙いを定めたが、要所で投じられるスライダーは、最後まで甘く入ることがなかった。鋭い当たりも野手の正面を突いた。

 昨秋の関東大会準々決勝で終盤に逆転負けし選抜大会出場を逃し、今回は決勝で逆転負け。本多監督は「険しいですね。甲子園に行くのには」とため息交じりにつぶやいた。それでも薮内は「悔いはない。支えてくれた周りに感謝したい」と晴れやかな笑顔。甲子園への挑戦は後輩に引き継がれた。

◇「抜けたと思った」 春日部共栄

 1点を追う八回2死二、三塁。この日、2安打と振れている板倉が北川の直球を完璧に捉え、強烈な一打。しかしライナー性の打球が中堅手のグラブに収まると、スタンドから大きなため息が漏れた。

 北川のスライダー対策として狭山ヶ丘戦(準々決勝)以来のスタメンとなった左打者・板倉は「抜けたかと思ったが、スタンドの喚声で捕られたことが分かった」。

 五回、同点に追い付かれた一塁強襲の適時打に「あれは一塁手だった自分のミス。八回はなんとしても打ちたかった…」と悔しがった。

◇“生命線”一瞬の乱れ 春日部共栄

 時間を巻き戻すことができるなら、竹崎は五回のマウンドに時計の針を戻すだろう。

 1点を先行した五回、先頭の新井に初球のカーブを左前にはじかれ、続く広岡のバントが不運な内野安打に。三振で1アウトを奪うが、四球を挟んでの2連打で一気に逆転を喫した。

 「あの内野安打で流れを持っていかれた」と竹崎。四球を与えた直後、ベンチから「自分の野球を丁寧に、攻めろ」との伝令を受けたが、花咲徳栄打線は止まらない。試合後、むせび泣いた。

 制球力を「生命線」に、常にセットポジションから投げ込む。先発した5試合はすべて投げ抜いた。「夏は気持ちの勝負」と、ピンチをしのげばマウンド上で感情を表に出した。

 「2点を取られて開き直り、立ち直れた」と背番号1。五回に浴びた4安打を除けば散発に封じ、五回以外は二塁さえ踏ませなかった。それだけに自慢の制球を乱し、唯一、四球も与えた五回の投球を最後まで悔やんだ。

 本多監督は「2点で抑えたら投手に責任はない。1点差負けは監督の責任」とかばった。

埼玉新聞

◇その時 反撃封じた前進守備

 1点差で迎えた八回表二死一、三塁。打席には、この日2安打と当たっている春日部共栄5番の板倉。一打逆転もありうる最大のピンチだ。中堅手の田中は、ベンチにいる監督の岩井隆の身ぶりに一瞬、目を疑った。岩井が選んだのは外野手の前進守備だった。「本当にいいんですか。頭を越えられたら終わりじゃないですか」

 岩井はこの日、春日部共栄打線の全体像をつかんでいた。ミートがうまく、センターを中心にはじき返してくる。長打を警戒して深く守らせる選択肢もある。しかし、岩井は「打率は高いが、長打力はさほどでもない」と見切った。「監督を信じる」。田中は定位置より4メートルほど前で構えた。

 盗塁で二、三塁とされ、花咲徳栄の北川が投じた5球目。内角ストレート。板倉のシャープなスイングは、真芯でとらえた。会心の当たりに板倉は、「行った」と確信した。スタンドにわく大歓声。「やられた」。北川は焦りながら外野を振り返った。

 一直線のライナーは田中のグラブに吸い込まれていた。「本当ならきれいなセンター前ヒットだったはず。監督の読みはすごい」と田中は舌を巻いた。「同点にされたら流れを持っていかれていた」と岩井。最大のピンチを切り抜けた花咲徳栄は、春日部共栄の反撃ムードを一気に消し去った。

 息詰まる投手戦を演出した両校無失策の守備。春日部共栄の8番佐々木の中飛を、花咲徳栄の田中が滑り込んで捕球する鮮やかなプレーで幕を閉じた決勝。野球というスポーツの底力を見せつけた。

(読売新聞埼玉版)