『笑いで包み』役割果たした 本庄一3年 小森亮輔選手

 七回裏、同点機のピンチで伝令に走った小森亮輔選手(三年)は、わざとマウンドを通り過ぎた。「どこに行くんだよ」と声をかけた仲間から笑い声が。小森選手は、試合前のミーティングや接戦時に「常笑野球」をつくるチームの“要”だった。

 昨秋からチームのキャッチコピーは、常に笑顔でプレーする「常笑野球」。しかし、夏が始まった時点では、チームに笑顔はなかった。2年前の甲子園に出場した同校。ずっと負けられないという緊迫感が漂っていた。

 県大会4回戦の春日部東戦。相手が力のあるチームだったため、小森選手が「明日から夏休みだな」と試合前のミーティングで声をかけ、笑いが起きた。その瞬間、「負けてもともと」と試合を楽しむ余裕がチームに生まれた。準決勝では伝令に向かったマウンドを、そのまま走り去り、決勝でも試合前に「銀メダルでOK」。小森選手の周りに「常笑野球」の雰囲気が高まっていった。

 この日、試合は終盤に逆転され、勝利はつかめなかったが、1点リードの七回、伝令に走りながらも集まった内野手の輪に入れないという“ギャグ”を披露。追い付かれた後もマウンドを通過し、集まった選手を笑わせた。

 葉梨裕佑主将(三年)は「小森がいなかったら、甲子園には来られなかった。あいつが声を掛けてくれるとピンチがピンチでなくなる」と感謝する。

 小森選手が「自分の役割は笑いの輪でみんなを包むこと」と言う通り、ゲームセットまでチームは笑っていた。ただ最後だけは「お疲れ」と素直でまじめな言葉を仲間にかけて回った。

東京新聞埼玉版)

◇「素通り」伝令緊張ほぐす

 「ちょっと硬いな」。同点の七回裏。二死一、三塁のピンチに、ベンチでナインを見ていた背番号13の小森亮輔は思った。タイムがかかると須長三郎監督の伝言を聞き、真剣な表情でマウンドに向かって走った。

 マウンドで内野陣に作戦を伝えるのが伝令の仕事だ。だが、小森は、そのままマウンドを素通りした。「お前、どこ行くんだよ」。遊撃手の烏山伸生が即座につっこみを入れる。小森は「1点余裕、2点余裕、3点取られて海に行こう」と冗談を言った。三塁手の谷本充は「あれで気が楽になった」。エースの田村和麻は「甲子園でもやりやがった」と笑顔を取り戻した。

 スコアラーの伊藤優は、小森を評して「チーム1のムードメーカー」という。埼玉大会の準決勝・浦和学院戦でもピンチの場面で伝令に向かい、マウンドを通り越してナインの笑いを誘った。

 前々日の宿舎。夕食時に、小森はピンチ時にナインをどう和ませようか考えていた。そしてこの日2度目の伝令で“ネタ”を披露し、ナインの緊張をほぐした。

 もちろん笑いを取るだけではない。小森は「1点は取られていい。ピンチを楽しもう」と、監督の指示を伝えることも忘れなかった。打球が風に流される不運な安打で勝ち越しを許したが、ベンチには「OK、OK」といつもの笑顔が戻った。

 スタンドでは女子マネジャーが6000個の折り鶴で作ったチームの合言葉<常笑野球>の4字がおどる。試合後のインタビュールーム。「常笑野球が貫けた」と、誰一人涙を流さなかった。敗れはしたが、ナインの笑顔は甲子園でも、輝きを失っていなかった。

(読売新聞埼玉版)