夢は咲く・徳栄(上)悔しさ忘れず…甲子園に向け始動

 「負けは取り返せない。この悔しさを忘れず、先輩たちの分まで(甲子園への切符を)とるぞ」

 夕日が差し込む野球部寮のミーティングルーム。しんと静まりかえった室内に、岩井隆監督(43)の声が響き渡った。昨夏の県大会準々決勝終了後、泥だらけのユニホーム姿で集まった選手たちの心は、監督の熱い言葉に奮い立った。「岩井先生を甲子園に連れて行こう」

 新チーム結成直後の8月、東北遠征中の練習試合で「事件」は起きた。

 「ガシャーン」。ベンチ内に大きな音が響いた。楠本泰史副主将(2年)がサイン通りに動かなかった選手を見て、フェンスを蹴り上げた音だった。「つまらないミスをしていては、この先勝てないと思った」

 近くにいた山本竜生副主将(2年)がすぐにたしなめた。「失敗したくて失敗してるわけじゃないだろ。試合中に態度に出すな」。胸倉をつかみ合う2人。一触即発の状況となり、ベンチ内は一時騒然となった。

 試合後、楠本副主将は頭を下げた。「このままじゃ甲子園に行けないと思った。それをうまく伝えられず、イライラしてしまった」

 じっと耳を傾けていた選手たちは、静かにうなずいた。

 「できないやつがいるなら、できるようになるまで練習すればいい。『しっかりやろう』とみんなで確認し合えた」。根建洸太主将(2年)は確かな手応えを感じていた。

 迎えた秋季県大会決勝。相手は昨夏の県大会で敗れた浦和学院。しかし選手たちに気負いはなかった。初回、山本選手らの適時二塁打などで4点を先取。その後も徳栄打線の勢いは止まらず、計10安打で8点を奪った。先発の小栗慎也投手(2年)は散発6安打に抑えて圧勝した。ライバル浦学の4連覇を阻止する勝利に、選手たちは沸き立った。

 圧倒的な力で県大会を勝ち上がったチーム。ただ、根建主将はある「不安」を感じていた。

 「第85回記念選抜高校野球大会」に、3年ぶり3度目の出場を決めた花咲徳栄。時にぶつかり、時に励まし合いながら甲子園への切符を勝ち取ったチーム。「日本一」に向けて動き出した選手たちの姿を追った。

毎日新聞埼玉版)