2011プロ野球 埼玉の新人選手(中)武藤祐太投手

 坂戸市で生まれ、毛呂山町で育った生粋の埼玉っ子が最高峰の舞台に飛び込んだ。「未知の世界だが、今はとてもわくわくしている」。何とも頼もしいコメントだ。

 高校時代から右腕は、威力のある直球で県内にその名をとどろかせた。2007年夏、初のシード権を獲得した飯能南のエースとして4試合計33回を一人で投げ抜き、16強入りの原動力に。卒業後、恩師・北監督(現久喜北陽高部長)の勧めで社会人野球の名門・ホンダ(狭山市)に進んだ。

 だが球のキレ、走るスピードやスタミナなど社会人のレベルの高さ
を痛感。力の差を埋めるべく川越市のグラウンドから新狭山の野球部寮までの9キロを走って帰る日々。それでも1年目は全国大会出場はおろか、ベンチ入りすらできなかった。

 転機は2年目の夏。つぼみは徐々に膨らみ始める。09年の都市対抗を制したチームは3カ月後の日本選手権に向けて、もう1枚先発投手を探していた矢先、オープン戦での好投が安藤監督の目に止まった。

 11月18日、日本選手権2回戦のJFE西日本戦。入団から1年半でやっとつかんだチャンス。先発マウンドに胸も高鳴る。「楽しくて仕方なかった」。9安打を浴びながら、無四球1失点で完投勝利を飾った。決勝でも先発し6回を1失点に抑え、大会優秀選手にも輝いた。3年目の昨年はエースの称号“18”を背負った。地道な努力が大輪の花を咲かせたのだ。

 178センチ、85キロ。丸太ん棒のような下半身。無駄のない、しなやかなフォームから投げ込まれる球はずしりと重い。直球は常時142〜3キロだが、低めがホームベース上で伸びる分、打者は球速以上に速く感じる。中日の正津スカウトも「レベルの高い中日投手陣に入っても十分やっていける器」と太鼓判を押す。

 21歳の若武者に、月並みだが「目標は?」と問うとニヤリと笑い、即答。「ドラゴンズを代表する投手になります」。

埼玉新聞