仲間支え、復帰目指す 鷲宮(2年)斉藤秀幸選手

 六回表1死二、三塁、増渕雅也選手の遊ゴロの間に其田(そのた)泰介三塁手が生還し1点差に迫ると、小さくうなずきガッツポーズした。控え選手をまとめる野球部の応援団長としてスタンドから見守り、得点の度に仲間と肩を組んで歓喜の歌声をあげた。

 専属マネジャーのいない鷲宮野球部で、仲間を支えるようになってから約半年。三塁手だったが、5月に右ひじ内側副靱帯(ないそくふくじんたい)を損傷する全治8カ月のけがを負った。医師に手術を告げられたとき「8カ月という期間が長すぎて、野球を続けるのが嫌になった」と振り返る。その時、柿原実監督が「あきらめるな。お前の経験は絶対に生かせる」と声を掛けてくれた。

 野球ができないもどかしさはあるが、笛を吹いて準備体操をする仲間の音頭取りやグランドのごみ拾い、練習道具の準備など選手を支えながらリハビリを続け、捕球ができるまでに回復した。「夢は柿原先生のような何事にもあきらめない先生になること」と笑う。柿原監督のおかげでスタンドからでもグラウンドの選手と一体になれた。

 敗退が決まった瞬間、「センバツに行くことができたかもしれないのに」と涙をこぼし、「早く三塁手に戻って思い切り暴れたい」とグラウンドを見つめた。

毎日新聞埼玉版)